これからの医療に思うこと
医療崩壊という事態を、国もマスコミもようやく認めるようになってきた。
このまま負のスパイラルが進行すれば、我が国の医療は完全に回復不能な状況に陥ってしまう。現場の医師達は、かなり以前から危機感を抱いていた。「大変な事態になる」と。しかし、日々の業務をこなすのが精一杯で、残念ながら広く発信する余裕はなかった。そのような中、次々と追い討ちをかけるかのような医療制度の改革(改悪?)が施行され、患者さん達にまで実害が及ぶに至り、いよいよ現場が声を大きく出さなくてはいけないと強く思い始めている。
リハビリ中止の制度が導入された時、ある医師の意見が雑誌に載っていた。彼自身が脳卒中の患者であり、リハビリを受ける側であった。「自分たちにとって、動けなくなるということは、もう生きるか死ぬかの死活問題であり、リハビリ中止という制度は生存権を踏みにじる制度である。ついに厚生労働省はこの医療制限を加えることにより、とうとう最後の一線を越えてしまった。マスコミは、厚労省の上手い説明にその問題点を理解できず、あまり取り上げなかった。しかし、自分達をよく診てくれている医師たちも、あまり強く声に出して訴えてくれなかった。」と嘆いていた。
療養型病床の廃止・削減についても、介護療養型病床の全廃は既に決定されており、医療療養型病床も削減の方向である。療養病床は、もともとその新設が国主導で行われてきたという経緯がある。国の基本方針として、作って下さい、作って下さいと強力に推奨してきたのである。病床や廊下幅も広くとり、療養には大変適した環境ということで、我々も皆、療養病床を作るために必死で資金繰りをし、設備投資をしてきた。介護も医療もトータルでターミナルまで対応するという、安全安心の慢性期医療を提供し、地域の中ではなくてはならないところを担ってきたと認識している。
廃止、削減になった時、重度の介護・医療を要するこの方々は、一体どうなるのか。「財源がないから仕方ない」と言われるのなら、まだ何とか対策を模索できる。ところが、与党議員も国も、退院せざるを得なくなる十数万人の受け皿は十分整っていると平気で言い切る。絶対介護難民はでないのだと。もちろん現状は周知のごとく、全く満足できる状況でないことはあらゆる視点からみて明らかであるのに。このような異常な認識を信じて疑わない(あるいは確信犯か)政治・行政のもと、どう対策を立てろというのか。いったい我国はどうなってしまったのだろう。療養型病床の患者さんに直に毎日接している我々こそ、この理不尽さを発言しなければと思うのは当然である。
過疎化や不況で地域社会はどんどん崩壊している。地元に仕事はなく、子供達は都会に移ってしまいお年寄りだけで暮らしている家庭は非常に多い。90代の夫が80代の妻を介護する、70代の嫁が90代の親を介護する、独身の長男と老両親、といった家庭は少なくないのである。介護する側が疲弊し、燃え尽きる。これ以上介護者を追い詰めたら、虐待やネグレクトも増えるであろう。在宅医療・介護も環境が整備されれば素晴らしいものとなるが、残念ながら現状のシステムはまだまだ十分とはいえない。療養型病床の必要性は益々増しこそすれ、廃止対象などは考えも及ばぬ状況ではないのか。
最近、救急搬送の問題が大きく取り上げられているが、療養型病床が廃止・削減されれば、後方ベッド不足にはさらに拍車がかかり、急性期医療はいずれ機能不全に陥る。高齢者の救急搬送波どんどん増加しており、今後も増え続ける。実際当院に救急搬送されてくる患者さんの中には、誰もいない家に1人でいて、いよいよになって近所の人が連れてきた時には動けなくなっており、家でどう過ごしていたのかすら分からないといった高齢者もいる。汚物まみれでご飯もいつ食べていたのか、何がどうなっていたのか誰も分からない。治療と同時に汚物や吐物の処理、清拭等のケアから始まるといった現実もあるのだ。救急車でこのような患者さんが搬送され、快復してもその後の行き場がなく、救命可能な患者の受け入れに支障を来たす・・・。こういった社会を誰が望んでいるのか、私は非常に疑問に思う。
「戦争中なのだから仕方ないでしょう。お国のために我慢しなさい。」と言われ、命を捨てることを当然と国民全体がそう思い込んでいた時代のように、「お金がないのだから死んでも仕方ないでしょう。」と、またもや皆が思ってしまったのか。日本全体が、何が大切なのかを見失っているように思う。モラルの失墜と同時に、危機感という精神的な部分が本当に鈍麻になってしまったようだ。経済優先主義に毒されているのか。
如何にしてこの現状から脱するのか。もはや、我が国の多くの分野において、その政策立案・運営に関するシステムが根本的に制度破綻していることは明らかである。日本が生き残り発展するためには、その再構築が本当に重要である。
「人道主義は国益である。」と言い切る、NGO畑を歩き現場主義を貫いてきた大橋正明さんは、「日本政府や世界に対して、真の在り方を発言していくのも我々の役割である。その必要性を我々がより認識すると同時に政府側にも理解を深めて欲しい。」と話している。
今後は私達医師も現場主義を貫きつつも、役人主導でない、真の住民のための医療・福祉を実現するために、力を込めて積極的に政策提言を行っていることが必要ではなかろうか。